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五月楼

一年中五月病。

マジックワードについて

 

  世の中にはマジックワードというものがあって、条件を整えて効果的に扱えば、人の行動を支配する上で凄まじい威力を発揮する。

 

 ブラック企業で上司が部下に無理難題を吹っかけて押し通すような場面において、しばしば「成長」や「お客様のために」といったマジックワードが使われていることは周知の事実だ。

 

 しかし、使う者が使うことでマジックワードの底力が容赦なく解放されてしまった場合、事態はそんな生温いものでは済まされない。他人の人生を台無しにすることはおろか、下手をすれば誰かを殺すことさえ出来るのがマジックワードだ。

 

 マジックワードの効果的な運用法について、その防御策を考える上でも詳しく知りたいと思い、今まで色々なテキストにあたったり、考えたりしてきた。

 

 今回は現時点でマジックワードについて自分が思うことをメモ変わりに書いていきます。

 

 まずは理解を深めるための叩き台としてマジックワードが悪用されている事例の紹介を。

 

マジックワードの悪用例 

 

 某アイドルグループメンバーPのツイートから一部引用。Nは映像ディレクターとのこと。

 

 リハの前にNさんに呼び出された。なんのことかと思ったらおとといの君たちは中身がないってことを繰り返して言われた。昨日何を考えたか聞かれた。明日の新宿を埋めるために具体的に考えたか聞かれた。それについては確かに考えられてなかった。

 

  LIVEを明日に控えた状況で、PがNに呼び出される。用件は不明。しかし何故か精神的に追い詰められるようなことを言われ、困惑気味なP。

 

 今日Yahoo!ニュースになれば新宿は埋まるよねって言われた。Yahoo!ニュースかぁーってうーんって言ってたら『そこでお願いが1つある、今日のライブで全裸でダイブしてほしい』って言われました。夢か現実かわからなくなりました。

 

 Pが動揺する中、Nから出てきた言葉は、少なくとも現実感が失われるほど衝撃的なものだった。そこで、Pは何を思い、どう振る舞ったか。

 

でもNさんの言ってることももっともだしなんか本気だったから一瞬のっちゃいそうになった。今も横にNさんがいるけどずっと君たちはつまらないって話をされていれます。どうしたらいいのか実際問題よくわかりません。

 

 この件の結末は、他のメンバーが激怒して抗議することで、Nの思惑通りに事は運ばなかったとのこと。冷静な判断力を持つ者なら、反発して当然だろうと自分も思う。

 

 逆を言えば、何故、Pは全裸ダイブなどという、異常と言っても差し支えない指示に対して「一瞬のっちゃいそうになった」のか。

 

 LIVEを目前にした緊張状態という舞台設定や、メンバーの一人がインフルエンザで病欠中という不安定な状況を差し引いても、やはりマジックワードの影響が大きかったのではないかと思う。

 

マジックワードとは何か 

 

 この例におけるマジックワードはどの言葉か。それは「中身がない」と「つまらない」の2つ。

 

 この2つに共通する特徴は、定義が曖昧でどうにでも解釈し得るところだ。この特徴故にマジックワードを使う者は、自らにとって都合のいい解釈を相手に押し付けることができる

 

 また、マジックワードは思考停止ワードとも呼ばれる。これはどういうことかというと、マジックワードの魔力に魅入られた者は、その言葉の意味について理解する前に考えることを止めてしまうという性質があるからだ。

 

 この例においても、「中身がない」「つまらない」とは具体的にどういうことなのか知る前に、それをNに問う前にPは考えることを止めてしまっていた。

 

 そして中身がない状態から抜け出るために全裸ダイブをやるべきだ、というNの意見をもう少しで受け入れるところまで来てしまった。

 

 こうして見ると明らかにおかしいのだが、自分が当事者になったとして冷静でいられる人はそれほど多くはないと思う。Pの身に起きたことは、決して対岸の火事ではないと考えるべきだろう。

 

 以上の話から、マジックワードの特徴についてまとめると、

 

・使われた者の思考力を奪う

・定義が曖昧で使用者が自身にとって都合のいい解釈を相手に押し付けられる(この例の場合、中身=全裸ダイブ)

 

 の2点と言える。

 

 これ以外にも他に考えられるマジックワードの例としては、「愛」「夢」「幸福」「理性」「健康」「革命」「思いやり」「人間として」などがある。

 

 必ずしもそうとは言えないが、マジックワードとは、定義が曖昧でどうとでも解釈できると同時に、どこか綺麗で道徳的な雰囲気を纏っている言葉と言っても概ね差し支えない。

 

闇の魔術に対する防衛術

 

 では、どうすればマジックワードの驚異から身を守ることができるのか。

 

 まずは、マジックワードマジックワードと認識することから始めなければならない。

 

 要するに相手が抽象的な言葉を使い出したら注意すればいいだけの話ではあるが、大抵、マジックワードの暴威はこちらの精神が不安定な状況を狙って襲い掛かってくるもので、事態はそう単純ではない。

 

 普段からどのようなマジックワードが世の中にあり、どのような状況で、どのように使われ、どのような結果を引き起こしているのか観察しておくことが、いざという時に効いてくることは間違いない。

 

 相手がマジックワードを使っていることに気が付いたら、そのマジックワードの意味について自分で答えを出そうとしてはならない。何故なら、無駄だからだ。

 

 必ずマジックワードの解釈はマジックワードの使用者に任せること。使用者が自分から言い出すのを待つのがセオリーだが、場合によっては直接尋ねてみる必要もあるだろう。

 

 そして使用者の解釈を把握したら、その解釈を自分が受け入れた場合、誰がどんな得をして誰がどんな損をするのか考えることだ。

 

 上述の例の場合だったら、全裸ダイブという解釈をPが受け入れた時、誰が得をして誰が損をするのか、という話になる。本題から外れるので、ここではそれについて考察はしないが。

 

 当たり前のことだが、普通、使用者は自分にとって得になるような解釈を提示してくるものであり、その事実に自覚的であることが心の防壁となり、こちらの精神的な余裕を確保することにつながる。

 

 以上よりマジックワード対策をまとめると、

 

マジックワードについて普段から考えておく

マジックワードの解釈は必ず使用者に任せる

・その解釈を自分が受け入れた時に生じるであろう損得について考える

 

 となる。

 

 マジックワード対策において最も重要なのは、現実的な損得勘定の感覚を失ってしまわないよう、自身の精神的な余裕を守りきることだ。

 

魔力の源泉

 

 何故、マジックワードが人間から思考力を奪うことができるのか、自分の考えを述べていく。

 

 フレーム問題という人工知能研究における難問がある。詳しくはリンク先のwikiを読んで頂きたい。

 

 かいつまんで説明すると、あらゆる可能性を内包した状況において、ロボットが何かの目的を果たすために動く時、目的達成に関係した無限に在り得る選択肢を考慮しなければならず、有限な情報処理能力しか持たないロボットは動作を停止してしまうという問題だ。

 

 マジックワードに魅入られた人は、フレーム問題に直面した人工知能と同じ状態にあるのだと思う。

 

 マジックワードは定義が曖昧でどうにでも解釈できる言葉で、つまり下手をすれば無数に解釈の選択肢が在り得る。

 

 そんなマジックワードの意味を誠実に考え始めてしまったなら、その人は無限に在り得る解釈を一つ一つ吟味しなければならなくなる。

 

 人間の情報処理能力も有限だ。無限の選択肢を全て吟味することはできない。必ずどこかで情報処理能力―――思考力を使い果たしてしまう。そのようにして思考力を使い果たした状態に人を陥れるのがマジックワードを使う者の目的なのだろう*1

 

 だからこそ、マジックワードの意味について、自分で答えを出そうとしてはならないと上で書いた。貴重な思考力をマジックワードのために浪費してはならない。

 

 果たしてこの考えが正しいのかは断言できないが、いずれにせよそう考えておけば、マジックワードに対処する上で助けになるのではないかと思う。

 

*1:実際には、マジックワード使用者自身も無意識にやっている場合が多いと思われる。